ブライアン・ロバートソン

ブライアン・ロバートソン
Brian Robertson
2007年11月10日、ノッティンガムにおけるシン・リジィのライヴ
基本情報
生誕 (1956-02-12) 1956年2月12日(62歳)
出身地 スコットランド・レンフルーシャイア
ジャンル ハードロック
ブルースロック
ヘヴィメタル
職業 音楽家
作曲家
担当楽器 ギター
ボーカル
ベース
キーボード
チェロ
ドラムス
活動期間 1974年 – 現在
共同作業者 シン・リジィ
モーターヘッド
ワイルド・ホーシズ
ザ・クラン
ザ・ビター・ツインズ
公式サイト Official website

ブライアン・ロバートソンBrian Robertson 1956年2月12日 - )はスコットランド出身のロックギタリストシン・リジィモーターヘッドの元メンバーとして知られる。愛称は「ロボ」(Robbo)。

初期[編集]

スコットランド、レンフルーシャイアのクラークストン(現在のイースト・レンフルーシャイア)生まれ。イーストウッド・ハイスクールで学びながら音楽家を志す[1]。最初はチェロクラシックピアノを8年間学んだが、ギターおよびドラムスに転向。地元のローカル・バンドでプレイする(彼が在籍したバンドには、後のアヴェレージ・ホワイト・バンドの前身ドリーム・ポリスなどもあった)。フレディ・キングジェフ・ベックエリック・クラプトンピーター・グリーンなどの影響を受ける[2]

シン・リジィ時代[編集]

1974年、18歳でシン・リジィに加入。スコット・ゴーハムとのツイン・リード・ギター体制の一翼を担う。2人のリード・ギタリストによるシン・リジィの個性的なサウンドは、後にメディアによって「ツイン・リード・アタック」と名付けられ、アイアン・メイデンメタリカザ・ダークネスらの後進にも大きな影響を与えた。

シン・リジィでは5枚のスタジオ・アルバム(『ナイトライフ』(Nightlife) (1974)、『ファイティング!!』(Fighting) (1975)、『脱獄』(Jailbreak) (1976)、『サギ師ジョニー』(Johnny the Fox) (1976)、『バッド・レピュテイション〜悪名』(Bad Reputation) (1977))とライブ・アルバム『ライヴ・アンド・デンジャラス』(Live and Dangerous) (1978) に参加した。

シン・リジィのレパートリーの大半はフィル・ライノットの作品であるが、ロバートソンも在籍中にソング・ライターとして多くの楽曲をグループに提供した(『バッド・レピュテーション』は彼の曲がひとつも収録されなかった唯一のアルバム)。サウンド面では、ワウペダルの個性的かつ効果的な活用が、バンドのカラーの確立にひと役買った。

1978年にシン・リジィを脱退(後任は彼の前任者であったゲイリー・ムーア)。 その後、ジミー・ベインベース、元レインボー)らとワイルド・ホーシズを結成し、First Album (1980)、Stand Your Ground (1981) の2枚のアルバムを残したほか、1980年にはエリック・バードンのアルバム Darkness Darknessのレコーディングに参加した。

モーターヘッド時代[編集]

1982年、『アイアン・フィスト』のプロデュースを巡ってレミーと対立して脱退した "ファスト" エディ・クラークの後任としてモーターヘッドに加入。5月21日デトロイトのハーポス・コンサート・シアターにおけるライヴでお披露目された。その後「キング・ビスケット・フラワー・アワー」の収録に続いてアルバム『悪魔の化身』(Another Perfect Day) (1983) のレコーディングに参加した。

しかし、どちらかというとメロウなロバートソンのプレイスタイルはモーターヘッドの個性には明らかにフィットしておらず、『悪魔の化身』およびそこからシングル・カットされた「シャイン」(Shine) のセールスもまったくの期待外れに終わり、結局1983年11月11日に行われたベルリンでのライヴを最後にモーター・ヘッドを脱退[3]。その後ゲイリー・バーデンのバンド、ステイト・トゥルーパーに参加するが成功には恵まれなかった。

その後[編集]

1983年、歴代のギタリスト達とともにシン・リジィのファイナル・ツアーに参加、フィル・ライノット死後の1986年には、ライノットへの追悼盤としてリジィの Still in Love with You をカバー[4]

1995年、自身以外は無名のミュージシャンを集め、ザ・クラン(The Clan) を結成。アルバム That's All.... を発表した。

2004年、アイルランドで開催された「オキシジェン・ミュージック・フェスティバル」においてアッシュのステージにゲストとして出演し、「ヤツらは町へ」(The Boys Are Back in Town) を演奏した。

2005年8月には、ゲイリー・ムーア、スコット・ゴーハム、ブライアン・ダウニーエリック・ベルとともにシン・リジィを再結成、フィル・ライノット追悼ライブを行った(ベースはジェスロ・タルのジョナサン・ノイス)。

ストックホルムのポーラー・スタジオで2年以上かけて制作した自身初のソロ・アルバム『ダイアモンズ・アンド・ダート』(Diamonds and Dirt) を2011年3月に発表予定。このアルバムにはイアン・ホーグランド(ヨーロッパ)、リーフ・サンデン(マイケル・シェンカー・グループ)、リニー・ウッドらが参加しており、プロデュースはロバートソン自身とソレン・リンドバーグ、クリス・レイニー。

現在はイングランドエセックスに在住。

ディスコグラフィ[編集]

ソロ[編集]

Diamonds and Dirt (2011)

シン・リジィ[編集]

  • ナイトライフ - Nightlife (1974)
  • ファイティング!! - Fighting (1975)
  • 脱獄 - Jailbreak (1976)
  • サギ師ジョニー - Johnny the Fox (1976)
  • バッド・レピュテイション〜悪名 - Bad Reputation (1977)
  • ライヴ・アンド・デンジャラス - Live and Dangerous (1978)

ワイルド・ホーシズ[編集]

  • First Album (1980)
  • Stand Your Ground (1981)

モーターヘッド[編集]

  • 悪魔の化身 - Another Perfect Day (1983)
  • ノー・リモース - No Remorse (1984)
  • ザ・バースデイ・パーティ - The Birthday Party (1990)

ザ・クラン[編集]

  • That's All.... 1995

ザ・ビター・ツインズ[編集]

  • Global Panic! (2009)

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Eastwood High School Achievers
  2. ^ Brian Robertson”. Dinosaur Rock Guitar article. 2007年3月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年4月3日閲覧。
  3. ^ Burridge, Alan and Stevenson, Mick The Illustrated Collector's Guide to Motörhead Collector's Guide Publishing, 1994 pp. 17 & 40-43, ISBN 0-9695736-2-6
  4. ^ Stiff Records Official Website”. stiffrecords.com. 2008年12月24日閲覧。

外部リンク[編集]

ブライアン・ロバートソン
Brian Robertson
2007年11月10日、ノッティンガムにおけるシン・リジィのライヴ
基本情報
生誕 (1956-02-12) 1956年2月12日(62歳)
出身地 スコットランド・レンフルーシャイア
ジャンル ハードロック
ブルースロック
ヘヴィメタル
職業 音楽家
作曲家
担当楽器 ギター
ボーカル
ベース
キーボード
チェロ
ドラムス
活動期間 1974年 – 現在
共同作業者 シン・リジィ
モーターヘッド
ワイルド・ホーシズ
ザ・クラン
ザ・ビター・ツインズ
公式サイト Official website

ブライアン・ロバートソンBrian Robertson 1956年2月12日 - )はスコットランド出身のロックギタリストシン・リジィモーターヘッドの元メンバーとして知られる。愛称は「ロボ」(Robbo)。

初期[編集]

スコットランド、レンフルーシャイアのクラークストン(現在のイースト・レンフルーシャイア)生まれ。イーストウッド・ハイスクールで学びながら音楽家を志す[1]。最初はチェロクラシックピアノを8年間学んだが、ギターおよびドラムスに転向。地元のローカル・バンドでプレイする(彼が在籍したバンドには、後のアヴェレージ・ホワイト・バンドの前身ドリーム・ポリスなどもあった)。フレディ・キングジェフ・ベックエリック・クラプトンピーター・グリーンなどの影響を受ける[2]

シン・リジィ時代[編集]

1974年、18歳でシン・リジィに加入。スコット・ゴーハムとのツイン・リード・ギター体制の一翼を担う。2人のリード・ギタリストによるシン・リジィの個性的なサウンドは、後にメディアによって「ツイン・リード・アタック」と名付けられ、アイアン・メイデンメタリカザ・ダークネスらの後進にも大きな影響を与えた。

シン・リジィでは5枚のスタジオ・アルバム(『ナイトライフ』(Nightlife) (1974)、『ファイティング!!』(Fighting) (1975)、『脱獄』(Jailbreak) (1976)、『サギ師ジョニー』(Johnny the Fox) (1976)、『バッド・レピュテイション〜悪名』(Bad Reputation) (1977))とライブ・アルバム『ライヴ・アンド・デンジャラス』(Live and Dangerous) (1978) に参加した。

シン・リジィのレパートリーの大半はフィル・ライノットの作品であるが、ロバートソンも在籍中にソング・ライターとして多くの楽曲をグループに提供した(『バッド・レピュテーション』は彼の曲がひとつも収録されなかった唯一のアルバム)。サウンド面では、ワウペダルの個性的かつ効果的な活用が、バンドのカラーの確立にひと役買った。

1978年にシン・リジィを脱退(後任は彼の前任者であったゲイリー・ムーア)。 その後、ジミー・ベインベース、元レインボー)らとワイルド・ホーシズを結成し、First Album (1980)、Stand Your Ground (1981) の2枚のアルバムを残したほか、1980年にはエリック・バードンのアルバム Darkness Darknessのレコーディングに参加した。

モーターヘッド時代[編集]

1982年、『アイアン・フィスト』のプロデュースを巡ってレミーと対立して脱退した "ファスト" エディ・クラークの後任としてモーターヘッドに加入。5月21日デトロイトのハーポス・コンサート・シアターにおけるライヴでお披露目された。その後「キング・ビスケット・フラワー・アワー」の収録に続いてアルバム『悪魔の化身』(Another Perfect Day) (1983) のレコーディングに参加した。

しかし、どちらかというとメロウなロバートソンのプレイスタイルはモーターヘッドの個性には明らかにフィットしておらず、『悪魔の化身』およびそこからシングル・カットされた「シャイン」(Shine) のセールスもまったくの期待外れに終わり、結局1983年11月11日に行われたベルリンでのライヴを最後にモーター・ヘッドを脱退[3]。その後ゲイリー・バーデンのバンド、ステイト・トゥルーパーに参加するが成功には恵まれなかった。

その後[編集]

1983年、歴代のギタリスト達とともにシン・リジィのファイナル・ツアーに参加、フィル・ライノット死後の1986年には、ライノットへの追悼盤としてリジィの Still in Love with You をカバー[4]

1995年、自身以外は無名のミュージシャンを集め、ザ・クラン(The Clan) を結成。アルバム That's All.... を発表した。

2004年、アイルランドで開催された「オキシジェン・ミュージック・フェスティバル」においてアッシュのステージにゲストとして出演し、「ヤツらは町へ」(The Boys Are Back in Town) を演奏した。

2005年8月には、ゲイリー・ムーア、スコット・ゴーハム、ブライアン・ダウニーエリック・ベルとともにシン・リジィを再結成、フィル・ライノット追悼ライブを行った(ベースはジェスロ・タルのジョナサン・ノイス)。

ストックホルムのポーラー・スタジオで2年以上かけて制作した自身初のソロ・アルバム『ダイアモンズ・アンド・ダート』(Diamonds and Dirt) を2011年3月に発表予定。このアルバムにはイアン・ホーグランド(ヨーロッパ)、リーフ・サンデン(マイケル・シェンカー・グループ)、リニー・ウッドらが参加しており、プロデュースはロバートソン自身とソレン・リンドバーグ、クリス・レイニー。

現在はイングランドエセックスに在住。

ディスコグラフィ[編集]

ソロ[編集]

Diamonds and Dirt (2011)

シン・リジィ[編集]

  • ナイトライフ - Nightlife (1974)
  • ファイティング!! - Fighting (1975)
  • 脱獄 - Jailbreak (1976)
  • サギ師ジョニー - Johnny the Fox (1976)
  • バッド・レピュテイション〜悪名 - Bad Reputation (1977)
  • ライヴ・アンド・デンジャラス - Live and Dangerous (1978)

ワイルド・ホーシズ[編集]

  • First Album (1980)
  • Stand Your Ground (1981)

モーターヘッド[編集]

  • 悪魔の化身 - Another Perfect Day (1983)
  • ノー・リモース - No Remorse (1984)
  • ザ・バースデイ・パーティ - The Birthday Party (1990)

ザ・クラン[編集]

  • That's All.... 1995

ザ・ビター・ツインズ[編集]

  • Global Panic! (2009)

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Eastwood High School Achievers
  2. ^ Brian Robertson”. Dinosaur Rock Guitar article. 2007年3月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年4月3日閲覧。
  3. ^ Burridge, Alan and Stevenson, Mick The Illustrated Collector's Guide to Motörhead Collector's Guide Publishing, 1994 pp. 17 & 40-43, ISBN 0-9695736-2-6
  4. ^ Stiff Records Official Website”. stiffrecords.com. 2008年12月24日閲覧。

外部リンク[編集]

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